高校三年生の冬、机の上はいつもぐちゃぐちゃだった。
参考書、プリント、書きかけの問題集。片付けようと思っても、次の模試がすぐに来る。気がつけば、机の上が散らかっていること自体に慣れてしまっていた。あの頃の自分にとって、目の前の一問一問を解くことだけがすべてだった。
そして、気がつけば高校は終わっていた。
故郷での最後の一日、私は近所の坂を歩いた。何度も通った道、見慣れた電線と夕焼け。明日からは、ここではないどこかで暮らす。そう思うと、なんでもない景色が急に特別なものに見えた。
大学に入学した日のことは、今でもそれほど遠い昔には感じられない。
一年生の頃、目の前にあるものは何もかも新しかった。知らない校舎、知らない先生、初めて会うクラスメート。大学という場所には、これまでとは違う空気が流れているように感じた。
あの頃の私にとって、就職はまだ遠い未来の話だった。いつかは考えなければならないと思いながらも、今の自分とはあまり関係のないことのように思えた。まずは次の授業に出ること、目の前の課題を終わらせること、試験に合格すること。それだけを考えていればよかった。
夏休みが終われば新学期が始まり、冬休みが終わればまた学校へ戻る。その繰り返しが、これからもずっと続いていくような気がしていた。
二年生、そして研究室
二年生になると、少しずつ見える景色が変わり始めた。
私は研究室に入り、それまで知らなかった技術や、新しいものに触れるようになった。自分より先を歩いている先輩たちと話す機会も増えた。先輩たちは、就職活動や大学院、卒業後の進路について話していた。
ある人は地元へ帰り、ある人は遠い都市へ行き、またある人は希望していた仕事とは違う道を選んでいた。
先輩たちの話を聞いて、私は初めて気づいた。就職は、いつか突然やって来るものではない。遠くに見えていた未来は、気づかないうちに、少しずつこちらへ近づいていたのだ。
働くということが、想像していたより簡単なものではないことも知った。仕事を見つけること、自分に合う会社を選ぶこと、知らない場所で生活すること。どれも、授業のように正しい答えが用意されているわけではない。
私はずっと不安を感じていた。一人で地元を離れて、本当に生活していけるのだろうか。知り合いもいない土地で仕事を探し、問題が起きたときには、自分一人でどうすればいいのだろうか。
大学の外には、広くて、複雑で、少し怖い世界が待っているように思えた。
深圳
それでも、実習先が深圳に決まったとき、私は行くことを選んだ。
怖くなかったわけではない。出発する前も、本当にこれでいいのかと何度も考えた。深圳は、私にとって地図やインターネットの中にある都市でしかなかった。高い建物が並び、多くの人が行き交う、大きくて速い街。その中で自分がどのように暮らすのか、まったく想像できなかった。
実習の前、一度だけ故郷に帰った。何も変わっていないように見える田舎道と、変わらずそこにいる家族。次に帰るのはいつだろうと考えながら、短い滞在を終えた。
飛行機が深圳に着陸したとき、窓の外に広がる街を見ながら、不思議な気持ちになった。こんなにも大きな都市に、こんなにも小さな自分が、一人で降りていく。その瞬間、私は自分が大学の外へ出たことを、初めて本当に実感したのだと思う。
空港を出ても、目に入るもののほとんどが知らないものだった。道路も、建物も、人の流れも、すべてが自分とは関係なく動いているように見えた。自分一人が、この巨大な街の中に突然置かれたようだった。
しかし、実際に生活が始まってみると、想像していた世界は怖いことばかりではなかった。
職場の上司も同僚も、思っていたよりずっと親切だった。分からないことがあれば教えてくれ、慣れない私に声をかけてくれた。一人で何もかも背負わなければならないと思っていたが、実際には多くの人に助けられながら、少しずつ前へ進んでいた。
振り返ってみれば、私は未来を必要以上に怖がっていたのかもしれない。まだ経験したことのないものを、頭の中だけで大きくして、その前に立つ自分を小さく感じていた。仕事も、知らない都市も、一人で生活することも、遠くから見れば巨大な壁のようだった。
けれども、実際にその中へ入ってみると、そこにも普通の一日があった。朝になれば起き、電車に乗り、仕事へ向かう。分からないことに悩み、誰かに教えてもらい、夜になれば部屋へ戻る。大きな都市の中にも、一人分の生活はきちんと存在していた。
夏休みがなくなる前に
今考えると、一年生の頃の私は、少し年少無知だったのだと思う。目の前の授業だけを見ていればよく、夏休みや冬休みは毎年当然のようにやって来ると思っていた。大学生活が終わることも、働き始めることも、まだ自分には関係のない話だと思っていた。
けれども、その無知さが悪かったとは思わない。未来の重さをまだ知らなかったからこそ、大学生活の新鮮さを素直に楽しむことができた。何も知らないまま研究室に入り、新しい技術に触れ、先輩たちの話を聞き、少しずつ自分の未来を考えるようになった。
人は、最初から強くなるのではないのだと思う。知らないことを少しずつ知り、怖いと思いながらも一歩ずつ前へ進む。その繰り返しの中で、気づかないうちに、以前とは違う場所に立っている。
気がつけば、私はもう大学三年生になった。一年生だった頃は、つい最近のことのように感じる。それなのに、学生として過ごせる時間は、もうそれほど長く残されていない。社会人になれば、これまで当たり前だった長い夏休みや冬休みも、少しずつ過去のものになっていくだろう。
夏休みがなくなるということは、ただ休みが減るということではない。それはきっと、誰かが用意してくれた時間の中で生きる日々が終わり、自分で自分の時間と人生を選んでいく日々が始まるということなのだ。
深圳は、今でも私にとって大きな都市だ。そして私は、その中では今も小さな一人にすぎない。それでも、飛行機が着陸したあの日の私とは、少しだけ違っている。街の大きさは変わっていないが、自分の小ささを、それほど怖いとは思わなくなった。大きな街の中で、小さな自分なりに生きていけばいい。
大学生活が終わりに近づいていることには、やはり寂しさがある。もう一度一年生に戻れたらと思うこともある。しかし、時間は戻らない。そして、戻らないからこそ、あの頃の新鮮さも、今の不安も、すべてが自分の人生の一部になるのだと思う。
もうすぐ、私の長い夏休みは終わる。
その先に何があるのか、今でもはっきりとは分からない。ただ、分からないままでも、私はもう一度、知らない場所へ向かうことができる。
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